広島高等裁判所 昭和30年(う)665号 判決
論旨は、原判示第四の被告人菊川満の受けた金一万円は法定選挙費用(主として車馬賃等の実費の前渡金)であつて、報酬は含んで居らないのに、原判決がこれを報酬を含むものと認定し有罪としたのは事実の誤認があるというにある。しかし原判決挙示の被告人宮崎伊三郎及び同菊川満の検察官に対する各供述調書によれば、右金一万円は被告人宮崎が同菊川に対し浜坂候補への投票並びに投票獲得方の選挙運動を依頼し、その報酬並びに他の買収費を含む一切の費用として一括して不可分的に授与されたものであつて、所論のように法定選挙費用のみであるとは到底認め難い。のみならず右供述調書の記載によれば、該金員の授受に当つてはその使途を明確にするため領収証の徴収等後日精算のためにする措置については何等の要求も話合いも為されて居らず、且つ被告人に依頼された選挙運動の対象は同業の医師、産婆並びにこれらを通じてその外来の患者たる選挙人に投票方を依頼するにあつたものであつて、格別車馬賃等の費用は要しなかつたものであることが認め得られる。その他記録を調査するも原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。
二、B、C両弁護人の論旨第一点の(一)(二)、D弁護人の論旨第一点の(一)について
論旨は、原判示第一ないし第四の各金員授受の点は供与ではなく交付であるというにある。しかし原判決挙示の被告人宮崎伊三郎、同浴村育夫、同辛島正人、同菊川満の検察官に対する各供述調書によれば、右各金員は被告人宮崎が被告人浴村、辛島、菊川に対しいずれも浜坂候補への投票並びに投票獲得方の選挙運動を依頼し、その報酬並びに他の買収費(饗応費)を含む一切の費用として一括して不可分的に授受されたものであつて、しかも第三者に対し供与又は饗応すべき額はすべて受領者の裁量に一任されたものであることが認め得られるからその全額につき供与罪が成立するものと解すべく、その一部に他の買収資金が含まれているからといつてこれを交付罪であると解することはできない。従つて又その一部を以て更に原判示第五、第六の如く共謀して他を饗応したとしても、所論のように前の金員を受取つた点は後の饗応罪に吸収せられ又は共謀者間の資金授受として特に右饗応額を前記供与額から控除すべきものではない。所論引用の判例はいずれも本件には適切でない。論旨はいずれも理由がない。
三、E弁護人の論旨第一点について
論旨は、原判示第六の饗応は、被告人浴村の属する医師会(下関市中部第二班)の月例常会における酒宴であつて、浜坂候補に当選を得しめる目的で饗応したものではない。従つて原判決は罪とならない事実を有罪と誤認した違法があるというにある。しかし原判決挙示の被告人浴村育夫、同宮崎伊三郎の検察官に対する各供述調書によれば、当夜被告人浴村方で右常会が催されたことは認め得られないでもないけれども、被告人浴村、同宮崎は共謀して右常会を利用しこれに便乗して原判示の目的を以て原判示の饗応をしたものであることを認めるに十分であり、なお記録を調査するも原判決の右の認定に誤があるとは思われない。論旨は理由がない。
四、B、C両弁護人の論旨第一点の(三)、D弁護人の論旨第一点の(二)について
論旨は、原判示第五及び第六の各饗応はいずれも相手方において本件饗応の趣旨を認識して居なかつたものであるから、饗応の申込罪ならば格別、饗応罪は成立しないというにある。よつて所論指摘の各供述調書その他記録を検討するに、右の各饗応は所論のようにその相手方においていずれも判示饗応の趣旨を認識して居なかつたものと認められるから、本件は饗応の申込罪を以て問擬すべく、これを饗応罪として認定処断したのは事実を誤認したか又は法令の解釈を誤つた違法があるといわざるを得ないけれども、右の誤認ないし違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえないから、これを以て原判決を破棄するの理由と為すには足りない。従つて論旨は結局理由がない。
五、B、C両弁護人の論旨第二点の(三)について
論旨は、原判決が被告人浴村育夫に対し押収の金一万五千円を没収する旨言渡したのは違法不当であるというにある。しかし前記被告人浴村育夫の検察官に対する供述調書、同被告人の原審公判廷における供述によれば、押収にかかる証第五号の現金一万五千円は、被告人浴村が同宮崎より原判示第二において供与を受けた金員そのものであることが認め得られるから、右は公職選挙法第二二四条に従つて当然没収すべきものであり、同被告人が原判示第六の饗応において支出した費用は別個の金員から支出したものであることが明らかであるから、所論のように右押収金中より特に該支出額を控除して没収を言渡すべきものではない。論旨は理由がない。
(裁判長判事 柴原八一 判事 尾坂貞治 判事 池田章)